人の運動制御原理理解

立位運動制御器の同定

人の運動特性を数学的に、特に制御系を微分方程式としてモデル化できれば、人を構成要素に含む様々な人工システムの設計に活かせます。 たとえば医療診断システム、リハビリテーションプログラム、スポーツトレーニングプログラム、義肢装具、ユーザインタフェース、トラフィックシステム、生産システム等々。

ロボットの運動制御では、人型の機械が合目的的な運動を行うために、制御器が持つべき数学的構造を議論しました。 これが正しいならば、人の運動制御においても同様の構造があるはずです。 したがってロボット制御器が人の運動制御器のモデルとなり得ます。 もちろん、議論されたのは巨視的な性質だけなので、モータ+減速器ではなく多数の筋肉で駆動される関節の振る舞い等に差が顕れ、そこに人ならではの技能を見出せるかも知れません。 いずれにしても、ロボットの制御器に基づいて人の制御器をパラメータ同定する方法論は有効に思われます。

運動方程式と制御器の数式表現、それに運動の初期値(ある時刻における姿勢と速度)が与えられたら、その後の振る舞いは一意に決まります。 沢山の初期値を用意し、それぞれに対応する振る舞いの軌跡を集めると、上のような図(相図と呼ばれます)が得られます。 制御器のパラメータ同定とは、逆に沢山の振る舞いの軌跡を先に集め、それにフィットするような運動方程式および制御器モデルの定数パラメータ群を逆算することです。

パラメータ同定の信頼性を高める上で、なるべく広い範囲で様々な軌跡を集めることが重要です。 しかし人は無意識のうちに強力な安定化を働かせているため、立位制御の場合は、何も考えずに運動計測しても、転ばないようにうまく立っている状態のすぐ近傍の軌跡しか集まりません。 工夫が必要です。

幸い我々は、モデルとする制御器の理論式から、相図のどの辺でどんな軌跡が得られるかをおおよそ予測することができます。 それを元に、時には補助器具を使いながら、相図上で観測したい領域まで到達するための予備動作を加えます(欲しい軌跡が得られたら、予備動作にあたる部分は削除します)。

こうして得たのが上の軌跡群です。 定性的に、ロボット制御器の理論式に基づく相図との高い類似性を確認できます。 ここからさらに制御器のパラメータを同定するわけですが、もう一つ厄介な問題があります。 ロボットの運動制御で触れましたが、様々な力学的制約─端的にはZMPが支持領域に収まらなければならないという制約─があるため、ロボットは好き勝手に制御器の操作量を決めて良いわけではありません。 現在の状態に基づいて求めた操作量が力学的に発揮不可能であった場合、発揮可能なものに置き換える必要があります。 このため、制御器は区分系として表現されます。 人間でも同じことが起こっているはずなのですが、それでは、得られた軌跡のうちどこからどこまでが「置き換えられた」操作量による運動なのでしょうか?

「操作量が置き換えられていない」と仮定してモデル方程式を立てパラメータ同定したとき、置き換えが起こった区間では矛盾が生じます。 それは同定された値の確かさとして露になります。 逐次最小二乗法と呼ばれる方法を使えば、矛盾のない確かな区間の切り取りとパラメータ同定を同時に行うことができます。

このようにして同定した制御器の理論上の相図と得られた軌跡群を重ねて表示したものが上図です。 軌跡上の赤い部分が、置き換えが起こっていないと判断された区間、2本の赤い斜めの直線に挟まれた部分が、同定された制御器において置き換えを起こさない領域です。 両者が整合していることが分かります。

同定の結果から、全体の傾向としては確かに制御器モデルと近い振る舞いを示していること、それでも細部においてはやはり異なる振る舞いが見られることが確認されました。

【参考文献】

  • D. Kaneta, N. Murai and T. Sugihara, Reassessment of COM-ZMP Model for the Identification of Lateral Standing Controller of a Human, 2013 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems, pp.2351-2356, Tokyo, Nov. 5th, 2013.
  • N. Murai, D. Kaneta and T. Sugihara, Identiication of a Piecewise Controller of Lateral Human Standing Based on Returning Recursive-Least-Square Method, 2013 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems, pp.96-101, Tokyo, Nov. 4th, 2013.
  • D. Kaneta, N. Murai and T. Sugihara, Visualization and Identification of Macroscopic Dynamics of a Human Motor Control Based on the Motion Measurement, 2012 IEEE-RAS International Conference on Humanoid Robots, pp.767-772, Osaka, Dec. 1st, 2012.

※本研究は、文部科学省科学研究費補助金若手研究(A)(課題番号:#22680018)の支援を受けました。

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